
★要点
2026年8月25日、東京・御茶ノ水で「北海道大学寄附分野 循環イノベーション分野 第2回シンポジウム 域内循環の強化と安全保障」が開かれた。基調講演に立った国立環境研究所の南齋規介氏は、カーボンニュートラル社会における物質フローとストックを正面から論じた。
残された炭素の量から逆算すると、革新的技術の普及が実現しない場合、世界で供給できる鉄鋼・セメント・銅の量は成り行きの需要に届かない。一人当たりのストックは、成り行きの半分程度へ収斂させる必要がある。
日本でも素材の脱炭素化が2050年までに実現しない場合、全ての発電を脱炭素化したとしても、カーボンニュートラル社会に向けて年率3〜4%の物質投入削減と、物質効率化が必要になる。
そして最後に示されたのは、地域の資源循環の評価軸を問い直す一言だった。大事なのは「どれだけ循環したか」ではなく、「天然資源の消費をどれだけ減らしたか」である。
★背景
世界の資源採掘量は30年で倍増し、年間100ギガトンを超えた。環境影響は採掘と加工という上流工程に集中し、気候影響の約6割、大気汚染による健康影響の約4割、生物多様性損失の約9割がここで生じているとされる。
一方、日本の物質フロー指標は着実に改善してきた。資源生産性は上がり、最終処分量は下がり、循環利用率も伸びている。数字の上では順調に見える。
しかし、気温上昇を1.5℃に抑える残余カーボンバジェットは、現在の排出ペースなら約4年で使い切る量しか残っていない。2℃でも25年分。物質を使うことは、炭素を使うことでもある。
指標が改善しているのに、間に合わない。この矛盾をどう読み解くかが、循環経済に関わるすべての人の課題になっている。
2026年8月25日、東京・御茶ノ水ソラシティカンファレンスセンター。北海道大学の寄附分野「循環イノベーション分野(iReC.HU)」が主催する第2回シンポジウム「域内循環の強化と安全保障」が開かれた。会場は満席、オンライン枠も定員に達した。
最初に登壇したのは、国立研究開発法人国立環境研究所 資源循環領域の領域長、南齋規介氏。テーマは「カーボンニュートラル社会における物質フローとストック」。
「お昼なので、なんとか皆さんを寝かせないように頑張ります」——そう笑って始まった講演は、しかし、聞き手を眠らせるどころではなかった。
残された炭素の量から、供給できる物質の量を逆算する。その計算結果が、会場の空気を変えていった。

環境問題の原点は、モノの出入りにある

講演はまず、地球規模の話から始まった。
南齋氏が最初に掲げたのは「プラネタリーヘルス」という概念だ。2015年にロックフェラー財団と医学誌ランセットの委員会が提唱した考え方で、人間の健康と地球の健康は独立ではなく、相互に依存して成立しているという認識に立つ。医療従事者や医学・公衆衛生の分野から急速に広がった。
「環境問題は環境のためにやっているのではない」と南齋氏は言う。自分自身、家族、親戚、友人。その命を守ることと環境を守ることが切り離せない、という医学系からも後押しされた、改めての認識である。
では、そのドライバーは何か。
南齋氏が示したのは、世界全体の物質の出入りを描いた一枚の絵だった。資源が採掘され、社会に入り、一部は環境へ出ていき、一部は再生されて戻る。この流れの形そのものが、環境問題のドライバーであり、人のウェルビーイングのドライバーであり、同時に社会問題のドライバーでもある。
資源採掘量は1990年代から倍増し、いまや年間100ギガトンを超えた。国連環境計画(UNEP)の国際資源パネルがまとめた2024年の報告書によれば、環境影響は「採掘と加工」の上流に集中する。気候影響の約6割、大気汚染による人健康影響の約4割、そして生物多様性損失の約9割。
採掘そのものを減らさない限り、生物多様性の損失はほとんど改善に向かわない。数字はそう告げていた。
一人24トンと、一人5トン
資源の出入りは、格差も生む。
南齋氏が示したマテリアルフットプリント——直接・間接に生じる天然資源の採掘量——の国際比較は、その断面を切り取っていた。2020年の一人当たりで見ると、高所得国は24トン。低所得国は4トンにとどまる。6倍の開きがある。
中身も違う。高所得国では建設や建築資材の比重が大きいのに対し、低所得国では食料が、限られた資源量の半分近くを占めてしまう。
「持つ者と持たざる者の差が、どうしても生じる」
資源の分配は、環境問題であると同時に、社会的なコンフリクトの種でもある。世界情勢が不安定さを増すいま、この視点は避けて通れない。

さらに厄介なのは、素材の脱炭素が技術的に難しいことだ。素材の原料採掘から加工に伴う温室効果ガスは、2015年で110億トン、世界排出量の23%を占める。2018年には118億トンに増加した。生産プロセスの電化が難しく、再生可能エネルギーがいくら安くなっても代替が容易には効かない。
金属生産に伴う排出は、1995年から2015年の間に2.5倍に増えた。世界全体に占める割合は約7%から約11%へ。その内訳は鉄鋼が約76%、アルミニウムが約13%、銅が約4%である。
コンクリートも同様だ。効率改善やクリンカーの代替といった技術進歩はあるものの、生産量の増加がそれを打ち消してきた。

日本の指標は改善している。だが…。
視点を日本に移す。
2023年、日本経済は13億1,600万トンの物質を投入した。うち28%が社会に蓄積され、32%が環境へ放出されている。総物質投入量は2000年から2023年にかけて約40%減少した。蓄積純増の減少が大きい。
資源生産性は上がり、最終処分量は下がり、循環利用率も改善した。国全体で見れば、温室効果ガス排出量も減っている。両者の矢印は、おおむね同じ方向を向いている。
問題は、産業別に分解したときに現れる。
南齋氏らの分析は、物質フロー指標の改善と温室効果ガス削減が「背反」する産業を可視化した。2011年から2015年にかけて、ある産業活動の変化はサプライチェーンを通じて指標を改善したが、温室効果ガスの排出は増えた、あるいはその逆、というケースである。
とりわけ循環利用率で、この背反が目立った。最終処分量は排出削減とよく連動するのに、循環利用率だけは、上げる貢献をすれば排出が増え、排出削減に貢献すれば循環利用率を押し下げた産業も少なくない。
リサイクルは、それ自体がエネルギーを使う行為でもある。率を追うことと、炭素を減らすことは、必ずしも同義ではない。

一方、家計消費についても意外な事実が示された。医療、教育、通信といったサービスへの支出であっても、その背後にある固定資本形成——通信基地局、ダム、鉄道といったインフラ——を通じて、物質フローへの影響は大きい。携帯電話の通信サービスでは、実際の通信の倍ほどの資源が背後で動いているという。
モノを買っていないつもりでも、資源は動いている。
マテリアルバジェット——残された炭素で、何がつくれるか
講演の核心は、ここからだった。
カーボンバジェットという言葉がある。気温上昇をある水準に抑えるために、あとどれだけ二酸化炭素を大気に出せるかという残余量だ。2025年初めの最新推計では、1.5℃に抑える可能性が50%の残余バジェットは1,700億トン。現在のペースなら、2026年から約4年で使い切る量である。2℃でも1兆550億トン、約25年分。
南齋氏は、素材生産の脱炭素化の普及が容易でないことを前提として、この残された炭素から逆に、供給できる素材の量を計算した。「マテリアルバジェット」である。
結果は厳しかった。
2℃目標のカーボンバジェット下で供給できる主要6金属は、成り行きシナリオの需要に届かない。鉄鋼で見れば、いま先進国は一人あたり12トン程度の鉄のストックの中で暮らしている。しかし整合を取るには、その3分の1から半分以下に落とし込む必要がある。世界全体で、一人当たりストックを成り行きの半減に収斂させなければならない計算だ。
同時に、二次資源——リサイクルから戻ってくる資源——の比率は圧倒的に高めなければならない。2050年前後には、供給の半分以上を再生資源が占めるところまで逆転しないと辻褄が合わない。
そして資源の使い道も変わる。これまでのような「拡大(エクスパンション)」のための資源利用はほぼ余地がなくなり、すでにあるストックをより長く利用するための「補修(リプレイスメント)」へと切り替えが必要となる。
先進国は、資源はもう、ストックを増やすためのものではない。維持するためにどう活用するかを考える段階にある。

プランAが来なかったときの、プランB
では、日本はどうすればよいのか。
経済産業省のグリーン成長戦略が描くカーボンニュートラルへの道は、先進技術の普及で切り開いていく。グリーン水素が潤沢に使え、素材生産の脱炭素化も実現し、CCS(二酸化炭素の回収・貯留)で炭素を地中に埋める前提だ。これを南齋氏は「プランA」と呼んだ。
「もしこれが2050年までに揃わなかった場合、我々に他の手段はあるのか」
そこで計算されたのが、プランBである。再生可能エネルギーの最大限導入というエネルギー戦略は入れる。しかし素材生産の革新的技術と大量のCCSは外す。その条件で、どこまで物質を減らせばカーボンニュートラルと整合するのか。
答えは、年率3〜4%の物質投入削減だった。
年率2%では届かない。3%でも届かない。4%まで下げて、ようやく計算上排出量のネットゼロに到達する。しかも同時に、製品や固定資本の寿命延長、軽量デザイン、循環利用率の向上といった物質効率化戦略を組み合わせる必要がある。
現行の循環基本計画が掲げる2030年目標は、資源生産性60万円/トン(2023年実績は50.9万円/トン)、最終処分量11メガトン、入口側循環利用率19%といった水準だ。これに対し、カーボンニュートラルと整合する2050年の目標値は、GDPを現状のままに据え置くと、その延長線上の倍近い厳しさになる。
興味深いのは、物質量が減っていくと、素材の革新技術がもたらす効果も薄くなる、という指摘だった。裏を返せば、技術革新が間に合わなくても、物質量を減らせばそれを補えるということでもある。
南齋氏はこの変化の核心を「システムチェンジの加速」と呼んだ。個別技術で届く量ではない。供給側と需要側が一体となって、加速度的に変わらなければならない。

「どれだけ循環したか」ではなく「どれだけ減らしたか」
講演の結びで、南齋氏は地域に話を向けた。
その日、地域の話を一切していない基調講演者からの、地域への一言である。
「地域の資源循環の取り組みで大事なのは、どれだけ循環したかということではない。需要側と一体となって、天然資源の消費をどれだけ減らしたかという軸と結びつけて取り組むこと」
循環率だけを追いかければ、産業別に見たときのあの背反——指標は改善したが炭素は増えた——が地域でも起こりうる。率をモニターすること自体は良い。だがその後ろで、天然資源の消費が本当に減ったのか。そしてその変化は、2050年に向けた日本全体の物質フローの形と整合しているのか。規模として十分なのか。
それをモニターする仕組みが要る、というのが結論だった。
質疑では、会場から、ネイチャーポジティブと循環経済を一つの地域政策として統合する場合の国レベルの指標を問う質問が出た。あわせて、資源量が限られる小規模自治体で成立する循環を、どう評価すべきかという問いも投げかけられた。
南齋氏の答えは率直だった。ネイチャーポジティブについて何をもってそう言うのかという科学的議論の結論を、待っていては行動できない。まずは日本全体として評価軸と目標設定を一旦決め、そこから地域に落とし込む。「この規模、この財政、この特色の自治体なら、これぐらいの循環量、資源削減が期待される」という参照できる指針がなければ、地域は自分の位置がわからない。それを支える研究の必要性を自覚している。
そしてもう一つ。市民は、自分の地域の中で使っている資源よりも、外の資源を使って暮らしている。限られた地域資源を循環させても、外の大きな資源を使い続けていたら意味がない。生産地としての地域と、消費地としての地域。その両方のまなざしが要る。

厳しさを、想像する材料として
2015年に11億5,500万トンだった日本の温室効果ガス排出量を、2030年に5億8,100万トン、2050年に2億300万トンへ。その時、日本の物質フローの絵はどう変わるのか。
南齋氏が最後に映したのは、現在の絵と比べて驚くほど痩せ細った2050年の物質フロー図だった。
「これでどうやって人が暮らすのか、という疑問が湧くと思います」
だが、と南齋氏は続けた。あの絵の社会の姿が描けないのであれば、プランAの必要な技術を誰が、いつまでに入れてくれるのか。そのステークホルダーは誰なのか。それを本気で問わなければならない。逆にプランBを取るのであれば、あれくらいの資源量の中で、ウェルビーイングの高い社会とはどんなものかを想像し、それを実現するプランAとは別の技術を探していかなければならない。
東京に比べて半分の資源しか使っていないのに、健康で楽しく過ごしている地域が、日本にはきっとある。そういう成功事例を積み上げていくことが、マクロとミクロを結ぶ一つの道だ——それが南齋氏の見立てだった。
なお、講演では11月に名古屋で開かれる「エコバランス国際会議2026」の案内もあった。基調講演にはトヨタ自動車の大塚友美氏、イェール大学のJodi Sherman氏、そしてUNEP国際資源パネルのHans Bruyninckx氏が並ぶ。資源をめぐる安全保障や競争を超えた議論が交わされる予定だ。
残された炭素で、何をつくるか。
それは技術の問題であると同時に、選択の問題である。何を守り、何をやめるのか。その議論を同時に成立させられるかどうかに、答えはかかっている。
次回は、その「地域」の現場へ。岡山県真庭市が実装した、生ごみを燃やさない循環を追う。
エコバランス国際会議2026
https://ecobalanceconference.org/
北海道大学 循環イノベーション分野(iReC.HU)
https://irec-hu.jp/
FAQ
Q. マテリアルバジェットとは何ですか?
A. 残されたカーボンバジェット(許容できる二酸化炭素排出量)の制約下で、脱炭素化が難しい素材をどれだけ供給できるかを逆算した量である。素材生産部門が気候目標に向けた公平な削減率に貢献すると仮定して算出される。
Q. なぜ鉄鋼やセメントの脱炭素は難しいのですか?
A. 生産プロセスそのものを電化し、既にあるインフラを刷新して短期的に普及することが技術的に難しいためである。再生可能エネルギーの電力がいくら安くなっても、化石燃料の代替が効かない工程が残る。
Q. 日本の物質フロー指標は改善しているのに、なぜより高い目標がいるのですか?
A. 物質フローの改善からカーボンニュートラル社会への道筋を描くと、2050年の水準は、現在の延長線上の目標値の倍近い厳しさになる。これまでの物質フロー指標の改善の速度では足りないためである。また、循環利用率のように、改善が必ずしも排出削減と連動しない指標もある。
Q. 「プランB」とは何を指しますか?
A. CCSや素材生産の革新的脱炭素技術が2050年までに普及しなかった場合でもカーボンニュートラル社会を達成するシナリオである。この場合、年率3〜4%の物質投入削減と、寿命延長・軽量化・循環利用といった物質効率化を同時に進める必要があると試算されている。
Q. リサイクル率を上げれば環境負荷は下がるのではないですか?
A. 必ずしもそうとは限らない。2011年から2015年にかけての産業分類別の分析では、循環利用率の改善とカーボンフットプリントの削減が背反するケースが少なくない。リサイクル率を上げても生産の増加がエネルギー消費量を増やしたり、リサイクル工程自体もエネルギーを使うためである。率だけでなく、天然資源の消費量そのものを見る必要がある。
Q. 資源循環と安全保障は、どう関係しますか?
A. 日本は資源のおよそ半分を海外に依存している。物質の需要そのものが下がれば、結果として海外依存度も下がる。資源安全保障の強化は、物質消費の低減がもたらす副産物として位置づけられる。
Q. 自治体は何を指標にすればよいのでしょうか?
A. 「どれだけ循環したか」ではなく「天然資源の消費をどれだけ減らしたか」を軸にすることが提起されている。あわせて、その削減規模が2050年にカーボンニュートラルを達成する国全体の物質フローと整合し、十分な速度に達しているかをモニターする仕組みが必要とされる。
Q. エコバランス国際会議2026とは何ですか?
A. ライフサイクルの視点から環境と社会の持続可能性を議論する1994年に始まった国際会議で、今回は2026年11月に名古屋で開催される。プラネタリーヘルス、企業の脱炭素、グローバルな資源の状況などがテーマとなる。
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