
★要点
ファッションブランドを抱えるマッシュスタイルラボが、宮城県南三陸町のFSC認証林で植林を開始。ショッピングバッグや下げ札など紙資材由来のCO₂排出を、3,300本の植林と約1,093トン分のカーボン・オフセットで埋め合わせつつ、生物多様性と地域循環に踏み込む。
★背景
ファッション産業の環境負荷と自然破壊への批判が高まる中、「脱プラスチック」や紙資材への置き換えだけでは足りない。森・海・里がつながる南三陸の土地で、気候危機と生物多様性危機の両方に応答するネイチャーポジティブなモデルづくりが問われている。
服を買うたびに手にする紙袋は、いつから「環境にいいもの」の顔をしてきたのか。プラスチック削減の象徴として紙への置き換えが進む一方、その紙もまた森林を起点とする資源であり、製造過程で温室効果ガスを出す。マッシュスタイルラボが南三陸のFSC認証林で始めた植林プロジェクトは、その「見えにくい負債」と向き合う試みだ。紙袋や下げ札の排出を、同じ日本の森でオフセットするだけではない。イヌワシが舞う森の再生と、山から海へ続く生態系を視野に入れた、ファッション企業の新しい関わり方である。
紙袋を“排出源”から“森の入口”へ。ファッションが山に向かう転換点
マッシュスタイルラボは、ジェラート ピケやSNIDELなどの人気ブランドを展開する「街の顔」のような企業だ。その会社が次の一手として選んだのは、新しい店舗でも新素材の服でもない。南三陸町の山に、スギの苗木を3,300本植えることだった。
対象にしたのは、ショッピングバッグや商品タグといった「副資材」である。本体の服に比べれば脇役だが、紙という素材を通じて着実にCO₂を出す存在だ。社内試算では、2024年にこれら副資材の製造工程で排出された量を約1,093トンのCO₂と見積もる。その分を森林の成長で吸収し、実質ゼロを目指す発想だ。
カーボン・オフセットという言葉は使い古されている。だが多くの企業は海外のクレジットを購入して帳尻を合わせるにとどまり、具体的な森の姿が見えないまま取引だけが進む。今回のプロジェクトが異なるのは、社員やパートナー企業のメンバーが実際に現地に入り、自らの手で土を掘り、苗を植えた点にある。
紙袋を受け取るだけの存在だった消費者にとっても、本来その紙がどのような森から来て、どんな森を未来に残すのかを問い直すきっかけになる。副資材を単なるコストや販促ツールとしてではなく、「森への入口」として再定義すること。それが、この植林プロジェクトの本質だと言っていい。

イヌワシが棲むFSC認証林。カーボンだけに還元しない森への投資
植林の舞台となる南三陸町の山林は、FSC森林認証を受けた管理森林だ。地元の林業会社・佐久が地域とともに育ててきた森であり、絶滅危惧種イヌワシの生息地候補にも挙げられている。
ここでの植林は、単にCO₂吸収量の計算式を満たせばよいという話ではない。FSC認証が示すのは、環境・社会・経済のバランスを踏まえた森林経営が行われているということだ。伐採と再生のサイクル、生態系への配慮、地域経済への貢献——それらがセットになって初めて「持続可能な森」と認められる。
マッシュスタイルラボは、この森での活動を、グループ全体の環境プロジェクト「MASH GO GREEN PROJECT」の一環として位置づける。サステナブルアライアンスと名付けたパートナー企業とのネットワークとともに、植林だけでなく育林も含めた長期の関わりを前提にしている点も特徴だ。
重要なのは、削減目標のグラフを埋めるための「数字合わせ」で終わらせないことだろう。イヌワシが戻ってこられる森を維持・再生することは、捕食者を頂点とする豊かな食物網を支えることを意味する。炭素を「トン数」でしか見ない視点から、森を「生きもののネットワーク」として捉え直す。そこに、ネイチャーポジティブという言葉の中身が宿り始める。

森・海・里をつなぐ視点。南三陸だからできるサーキュラーな森づくり
南三陸は、山から里、そして海へと水が巡る「森・海・里の連環」がわかりやすい土地だ。山の栄養や有機物が川を通じて海に流れ込み、豊かな漁場を形づくる。森の健康が、そのまま海の豊かさと地域の暮らしに跳ね返ってくる。
マッシュスタイルラボがこの場所にこだわったのは、単なる国内の認証林だからではない。山での植林が、やがて海の生きものや漁業、観光の価値にまで波及する循環を描けるからだ。森林再生活動を通じた生態系サービスの向上という言葉は一見固いが、要するに「森を良くすることが、回り回って人を豊かにする」という当たり前の事実に向き合うことでもある。
気候危機と生物多様性危機は、これまで別々の議論として扱われがちだった。CO₂は温暖化の話、絶滅危惧種は生態系の話——しかし現場の自然では、両者は完全につながっている。気温の上昇や極端な気象は森や海の生きもののバランスを崩し、劣化した生態系はさらに気候変動への脆弱性を高める。
南三陸のプロジェクトは、この二つの危機を「同じ場所で同時に扱う」現場の実験とも言える。CO₂の吸収源としての森林と、多様な種が生きるハビタットとしての森林。その両方をどう守り、増やしていくのか——その問いの具体的なモデルづくりが始まっている。

ブランド体験から“共犯者”体験へ。お客を巻き込むGO GREEN
今回の植林は、企業内部だけのストーリーでは終わらない。マッシュスタイルラボは、ショッピングバッグの有料化に踏み切り、その一部を「MASH GO GREEN PROJECT」に充てるとした。
単に「有料にして利用を減らす」のではなく、「払ったお金がどんな森を支えるのか」を丁寧に見せられるかどうかが、ここからの勝負どころだろう。南三陸での植林や育林の様子を動画で発信する計画も、その一環だ。
すでに同社は、石垣島のビーチクリーン活動から回収したペットボトルを原料にしたリサイクル素材を自社ブランドの服に採用するなど、「廃棄物を資源に変える」取り組みを進めてきた。今回は、紙資材を通じて「森を増やす」ストーリーが加わることになる。
環境配慮をうたうブランドは増えたが、「買うこと=少しだけ世界をよくすること」という実感をどれだけ具体的に伝えられるかは、まだ模索が続く領域だ。レジ前で選ぶ紙袋の向こうに、南三陸の土と苗木と、そこで汗を流す人の顔が浮かぶかどうか。そこまでイメージの線をつなげることができれば、消費者は単なる「お客様」ではなく、森づくりの“共犯者”になれる。


植林だけで終わらせない。サプライチェーン全体を問う視線
もちろん、植林プロジェクトだけでファッション産業の環境負荷が解決するわけではない。服そのものの素材選択や生産量、輸送、店舗運営など、サプライチェーン全体に課題は山積している。
マッシュスタイルラボは、パートナー企業とともに「サステナブルアライアンス」を組成し、バージン資材の削減やグリーンファクトリーの推進など、生産体制の転換にも取り組んできた。今回の南三陸での動きは、その外側に「自然との関係をどうつくり直すか」というレイヤーを重ねるものだ。
重要なのは、植えた苗木の本数や試算上のCO₂吸収量だけを成果指標にしないことだろう。森の成長には時間がかかる。間伐や手入れを怠れば、せっかく植えた木が健全な生態系を支えるどころか、逆に脆弱な森を生む可能性すらある。
だからこそ、現地の林業事業者と組み、長期の育林を見据えたパートナーシップを結んだ意味がある。ファッション企業の時間軸と、森林の時間軸をどう重ねていくか。ブランドのライフサイクルと、森のライフサイクルをどう同期させるか。その問いに答えを出せる企業だけが、「ネイチャーポジティブ」を看板ではなく実践として語れるようになる。
紙袋一つを手がかりに、ファッション企業が森とどう向き合うか。その問いの先に、私たちの消費行動と地球との新しい関係が見えてくる。
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