★ここが重要!

★要点
東急不動産グループが、パラオ共和国の「パラオ パシフィック リゾート」での森林・海洋の保全と再生の取り組みを、TNFDフレームワークに沿って可視化。開発前より森林面積は約1.4倍に増え、サンゴやオオシャコガイなどの生態系も回復傾向にあることが示され、リゾート事業そのものがネイチャーポジティブに貢献する“自然資本型リゾート”であることを証明した。
★背景
気候変動対策だけでなく、生物多様性や自然資本への配慮を求めるTNFDが国際的なルールとして立ち上がり、企業の「自然への依存とインパクト」を財務情報として開示する時代に入った。観光・不動産のように自然の魅力に依存するビジネスこそ、その最前線に立たされている。パラオの海を舞台に、日本企業がその問いにどう答えようとしているのかが、この開示から立ち上がる。

エメラルドグリーンのラグーンと、ヤシの木の向こうに沈む夕陽。その景観は、パンフレットのための“背景”ではない。パラオ共和国の「パラオ パシフィック リゾート」は、40年にわたり森と海を守りながら運営されてきたリゾートだ。その歩みがいま、「自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)」という枠組みのもと、数字と指標として棚卸しされつつある。観光で生きるリゾートが、同時に自然を増やすプレーヤーであり得るのか。その問いへの一つの答えがここにある。

海と森が決算書に載る。TNFDが突きつける新しい“勘定科目”

企業は長く、自然を「タダの前提」として扱ってきた。海の透明度も、空の青さも、貸借対照表には載らない。しかしTNFDは、その前提をひっくり返しつつある。企業は、自らの事業が自然にどれだけ依存し、どんな影響を与えているのかを把握し、開示することを求められるようになった。
東急不動産ホールディングスは、TCFD(気候)とTNFD(自然)を統合したレポートを公表し、「脱炭素」「循環型社会」「生物多様性」を三つの柱として位置づけている。その中で、都市(広域渋谷圏)、森(長野・蓼科)、そして今回のパラオ パシフィック リゾートという“海”を優先地域として分析した。
パラオの海と森は、同社の長期ビジョン「GROUP VISION 2030」で掲げる「WE ARE GREEN」の象徴的な舞台だ。リゾートの心地よさは、サンゴ礁の豊かさや、森の陰影と不可分である。その自然資本を「見える化」しなければ、事業の持続可能性も語れない——そんな認識が、この開示の前提にある。

開発したリバーシブルカラー仕様のシート素材(ポリオレフィンクロス) 組成は、経糸:ヴァージンポリエチレン製フラットヤーンを使用、緯糸:再生ポリプロピレン製フラットヤーン(80%:使用済みクリアホルダー由来、20%:工場内廃棄ペットボトルキャップ由来)

ヤシの木より高い建物はつくらない。40年続いたローカルルール

パラオ パシフィック リゾートの原点は、一つのフレーズに集約される。「ヤシの木より高い建物は建てるな」。東急不動産の初代社長・五島昇の言葉だ。
1970年代、戦争の傷跡が残るパラオの地で、同社はリゾート開発の構想を描く。事前に植生調査を行い、既存樹木を可能な限り残す計画を立てた。サンゴの移植を伴う海岸整備もその一部だった。
その結果を、今回のTNFD開示では、空中写真や衛星画像による解析で“検算”している。開発前後の森林面積を比較すると、建物用地として森を削ったにもかかわらず、トータルでは森林面積が約1.4倍に増加していたという。
「リゾート開発=森林破壊」という単純な図式に対し、時間をかけて“逆のグラフ”を描いてきたわけだ。
低層の客室棟が木々の間に点在し、ビーチへと続く園路の脇には背の高い樹木が影を落とす。美しい景観は、単なるデザインではない。開業から40年にわたり、植栽の追加や自然再生を積み重ねた結果としての「資産」でもある。

サンゴ被度とオオシャコガイ。海が語るネイチャーポジティブ

陸だけではない。リゾートの価値の半分以上は、目の前に広がる海が握っている。
開業当初から、前面の海域ではサンゴ礁の保全と回復に取り組んできた。サンゴの移植に加え、州政府と協議を重ね、2002年には海洋保護区の指定を勝ち取る。以降、漁やアンカー投下が制限され、保全のルールが整っていった。
今回のTNFD分析では、この海域の「サンゴ被度」に注目している。衛星画像による長期的な解析の結果、開発後しばらくはサンゴ被度が増え、「豊かさ」を示す数値が上昇していたことがわかった。その後、世界的な海水温の上昇や大型台風、極端な潮位の低下など、気候変動起因の要因で一時的な減少傾向も見られたが、最近は新たなサンゴ個体の定着が増えつつあるという。
絶滅危惧種であるオオシャコガイの保全も、長期戦だ。1998年から放流を続けてきた結果、大型の無脊椎動物の個体数は増加傾向にあると評価される。巨きな貝殻が海底に並ぶ光景は、リゾートの“売り物”であると同時に、海の回復力を映す指標でもある。
サンゴ被度、幼生加入、大型無脊椎動物個体数——観光パンフレットにはまず登場しない数字が、いまや企業のレポートの中核になりつつある。

スタッフの6割がローカル。観光とコミュニティが一体の保全モデル

パラオ パシフィック リゾートの運営を支えるのは、海だけではない。そこで働く人々もまた、この事業の「自然資本」を構成している。
スタッフの約6割は地元住民だとされる。彼らは、ホテルスタッフであると同時に、地域清掃や海岸の保全活動の担い手でもある。伝統的なダンスや工芸を取り入れたプログラムは、観光コンテンツである以前に、彼ら自身の文化への誇りを支える場になっている。
2025年12月には、敷地内に「ルーク ネイチャーセンター」がオープンした。パラオ固有の自然環境を体験できる施設として、ガイドツアーや展示を通じて、訪問客に生物多様性の面白さと重要性を伝える。研究機関との連携拠点としての役割も期待されており、「泊まる」だけのリゾートから「学び、関わる」リゾートへのシフトが進む。
観光客は、そこで過ごす時間を楽しみながら、無意識のうちに自然保護の活動とつながっていく。滞在そのものが、この島の未来への投資に変わる構図だ。

「陸」と「海」を評価しきった先に。不動産業が問われる次の一手

今回のTNFD開示で、東急不動産グループは、自社の優先地域として定めた「都市(渋谷圏)」「森(蓼科)」「海(パラオ)」の代表拠点について、ひと通り評価・分析を終えたとする。
都市のヒートアイランド対策や再エネ導入と同列に、森林再生とサンゴ礁の回復が語られる。それは、不動産業がもはや「建物」と「テナント」だけを扱うビジネスではいられないことの証左でもある。土地をどう使うかは、そこに生きる動植物の運命とも直結する。
ネイチャーポジティブとは、自然の消費を前提にした成長モデルから、自然を再生しながら価値を生み出すモデルへの転換だ。パラオ パシフィック リゾートの事例は、それが単なるスローガンではなく、土地利用、施設設計、コミュニティとの関係、そして財務情報の開示までを含む“総合格闘技”であることを示している。
問題は、このモデルをどこまで「面」で広げられるかだ。海岸沿いのリゾート、湖畔のホテル、スキー場、都市近郊のアウトドア施設——自然に依存する事業は枚挙にいとまがない。森林と海をセットで見つめ直した今回の開示は、「私たちのビジネスはどの自然に依存し、何を返しているのか」という問いを、他の事業者にも突きつける。
ネイチャーポジティブは、どこか遠い国際会議のキーワードではない。次のバカンス先を選ぶ時、私たちは「どの程度エコか」ではなく、「この場所に泊まることで、どんな自然が増えていくのか」を基準にすることもできるはずだ。パラオの海から、その新しい観光の物差しが見え始めている。

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