
★要点
愛知県豊橋市の老舗和菓子屋・お亀堂は、規格外野菜、傷ついた果実、佃煮製造時に生まれる未利用の調味液などを、和菓子職人の技で新たな商品へ変えている。一方、慶應義塾大学の研究は、食べ物の「おいしそう」という感覚が、形や色だけでなく、質感や素材の見え方に左右されることを示した。サステナブル食材やアップサイクル食品を広げるには、環境に良いだけでは足りない。食べたいと思わせる見た目、触感、物語の設計が必要になる。
★背景
食品ロス、規格外農産物、未利用資源は、食料生産と流通が抱える大きな課題である。だが、捨てられる理由は必ずしも味や栄養の問題ではない。形が悪い、傷がある、流通規格に合わない、使い道が決まっていない。そうした素材を食卓に戻すには、加工技術だけでなく、人が「おいしそう」と感じる感覚の理解が欠かせない。パンノキ、キャッサバ、昆虫食、代替肉、アップサイクル食品など、未来の食を社会に根づかせる鍵は、正しさよりも“食べたくなる設計”にある。
食べものは、理屈だけでは選ばれない。環境に良い。食品ロスを減らせる。地域を支えられる。そう聞いても、「おいしそう」と思えなければ、人は箸を伸ばさない。愛知県豊橋市の老舗和菓子屋・お亀堂は、規格外野菜や傷ついた果実、未利用資源を、ここでしか食べられない和菓子へ変えている。慶應義塾大学の研究は、食べ物の「おいしそう」が形や色だけでなく、質感や素材の見え方に左右されることを示した。サステナブルな食の未来は、我慢の食卓では続かない。もったいないを、おいしく、美しく、手に取りたくなる形へ変える技術が必要だ。
規格外は、味の外ではない
畑では、毎日のように「食べられるのに売れない」ものが生まれている。
形が曲がったサツマイモ。傷のあるイチジク。小粒のイチゴ。
市場規格に合わないだけで、味が劣るわけではない。それでも、流通に乗らず、値段がつかず、廃棄されることがある。
お亀堂が見ているのは、そこだ。
創業75年以上、愛知県東三河地域で和菓子づくりを続ける同社は、6月16日の「和菓子の日」に合わせ、地域農産物の規格外品や地元企業の未利用資源を活用するサステナブル和菓子プロジェクトを発信した。テーマは明快である。「もったいない」を、ここでしか食べられない和菓子へ変えることだ。
この発想は、単なるフードロス削減ではない。素材の再評価である。
規格外サツマイモは、東三河の郷土菓子「鬼まんじゅう」へ。傷入りイチジクは、果肉感を活かしたガレットやゼリーへ。小粒イチゴは、丸ごと包み込む「生イチゴミルクごろごろ爆弾大福」へ。佃煮製造時に生まれる旨味調味液は、みたらし団子のタレへ。
ここで重要なのは、素材を隠していないことだ。傷を消すのではない。小ささをごまかすのでもない。むしろ、個性として前に出す。和菓子は、素材を蒸す、炊く、練る、包む、合わせる文化である。形が不ぞろいでも、味、香り、食感を引き出せる。流通の規格からこぼれた素材が、職人の手で物語を持つ商品になる。
規格外は、味の外ではない。価値の付け方の外に置かれていただけだ。



和菓子は、もともと“捨てない食文化”だった
和菓子は、季節と土地の食文化である。
春の桜、初夏の若鮎、秋の栗、冬の餅。
素材の旬を映し、行事や祈りと結びつき、少量でも満足感をつくる。そこには、食材を無駄にしない知恵がある。
お亀堂の取り組みが面白いのは、サステナブルを新しい流行語としてではなく、和菓子本来の性格として捉えている点だ。
保存料や殺菌剤に極力頼らず、素材本来の美味しさを活かす。季節の素材を使い切る。余ったもの、形が崩れたもの、流通に乗りにくいものを、職人の技で菓子へ変える。
これは、古い知恵のアップデートである。
東三河は農業が盛んな地域だ。だからこそ、規格外品や未利用資源も生まれる。農業がある地域には、必ず“困りごと”がある。収穫量が多すぎる日もある。サイズが合わない野菜もある。傷がついた果物もある。加工工程で副産物も出る。
それらを地域の外へ押し出すのではなく、地域の中で受け止める。農家、食品企業、信用金庫、和菓子屋がつながり、未利用資源を商品へ変える。そこに、地域循環の芽がある。
「捨てない地域づくり」とは、大きな処理施設をつくることだけではない。目の前の素材を、誰がどう引き受け、どう価値に変えるかである。和菓子屋は、その小さな変換装置になれる。
“おいしそう”は、形と色だけでは決まらない
ただし、未利用食材を使えば売れるわけではない。アップサイクル食品には、越えなければならない壁がある。
それは、「食べたい」と思われるかどうかだ。
慶應義塾大学環境情報学部の仲谷正史准教授と、オックスフォード大学のCharles Spence教授は、食品を中心とする質感と、色・形・音・触感・味など異なる感覚の対応関係について研究動向を整理し、その関係が素材や食品の性質に依存して変わりうるという理論的枠組みを提案した。
たとえば、「丸い形は甘そう」「角ばった形は苦そう」といった感覚の結びつきはよく知られている。
だが、それはどんな食品にも同じように当てはまるわけではない。
チョコレートなのか、グミなのか、果物なのか、野菜なのか。
人は、形や色だけでなく、「それが何の素材に見えるか」「どんな質感に見えるか」によって、味や価値を予測している。
これは、サステナブル食品にとって重要な示唆だ。
環境負荷が低い。栄養がある。廃棄を減らせる。そうした説明は大事だが、入口にはならないことが多い。
消費者が最初に見るのは、色、形、艶、柔らかさ、みずみずしさ、粒感、焼き目、包み方、パッケージである。そこから「おいしそう」「新鮮そう」「高そう」「自然そう」「本物っぽい」と判断する。
つまり、食のサステナビリティは、味覚だけでなく視覚と質感の設計でも決まる。
アップサイクル食品は、“廃棄物っぽさ”を超えられるか
アップサイクル食品には、言葉の難しさがある。
規格外。未利用。副産物。廃棄予定。食品ロス削減。
どれも社会的には重要な言葉だ。だが、食べる前の人にとっては、少し距離を感じさせることもある。食べものとしての魅力より、問題解決の説明が前に出すぎるからだ。
ここで、お亀堂の和菓子は一つのヒントになる。
規格外サツマイモを使った鬼まんじゅうは、「廃棄削減商品」ではなく、ゴロゴロした食感と自然な甘みを楽しむ郷土菓子として成立している。傷入りイチジクのガレットやゼリーは、傷を理由に語るより、果肉感の強さを魅力にできる。小粒イチゴの大福は、小さいから劣るのではなく、丸ごと包めるから楽しい。佃煮の旨味調味液を使ったみたらし団子は、副産物の活用であると同時に、甘さの奥に旨味が広がる新しいタレの体験である。
ここには、「問題」を「食欲」に変える編集がある。
アップサイクル食品が広がるには、廃棄物っぽさを超える必要がある。
環境に良いから買う、では弱い。おいしそうだから買う。面白そうだから買う。地域らしいから買う。誰かに話したくなるから買う。その結果として、食品ロスが減る。この順番が大事だ。
未来食も同じである。パンノキ、キャッサバ、昆虫食、代替肉、藻類、細胞性食品。どれも環境性能や栄養価だけでは社会に根づかない。人が「食べもの」として見られるか。「おいしそう」と感じられるか。日常の皿に置けるか。そこが問われる。
地域資源は、味と物語で強くなる
サステナブルな食を広げるうえで、地域性は大きな力になる。
東三河のサツマイモ。地元のイチジク。地元企業の佃煮製造で生まれた旨味調味液。お亀堂の取り組みは、素材を匿名の原料として扱わない。地域の農家、地域企業、地域金融機関の関係性を含めて商品化している。
これは、食のブランドづくりとしても強い。
同じ規格外野菜でも、「どこかの余剰品」ではなく、「東三河で生まれた素材」と言われると意味が変わる。誰が育てたのか。なぜ余ったのか。どんな職人が加工したのか。どの季節に食べるのか。そこに物語が加わると、未利用資源は単なる安価な原料ではなくなる。
地域資源は、味と物語で強くなる。
ただし、物語だけでは続かない。おいしさが必要だ。見た目が必要だ。手土産にしたい美しさ、写真に撮りたい楽しさ、食べた瞬間に納得できる味がいる。慶應義塾大学の研究が示す「質感」や「素材依存性」の視点は、ここで実務につながる。
どんな色なら自然に見えるか。どんな艶なら新鮮に見えるか。どんな形なら甘そうに感じるか。どんな食感なら素材らしさが伝わるか。地域の未利用素材を商品化するには、こうした感覚の設計が必要になる。
未来食は“正しい”だけでは続かない
サステナブルな食の議論では、しばしば正しさが前に出る。環境負荷が低い。動物福祉に配慮している。食品ロスを減らす。地域経済に貢献する。どれも重要だ。
だが、人は毎日、正しさだけで食べるわけではない。
食事は、空腹を満たすだけでなく、気分を変え、誰かと話し、季節を感じ、記憶をつくる行為である。そこに「我慢」や「義務」ばかりが乗ると、長続きしない。未来食が本当に広がるには、楽しくなければならない。おいしそうでなければならない。買いやすく、食べやすく、語りやすくなければならない。
これは、アップサイクル食品にも、代替食にも、地域食材にも共通する。
規格外野菜は、安いから使うだけではなく、形の違いを楽しく見せる。未利用果実は、傷を隠すのではなく、濃い味や加工適性を前に出す。代替素材は、「本物の代わり」ではなく、それ自体のおいしさをつくる。新しい食材は、環境の説明より先に、香り、艶、口どけ、食感、皿の上の姿で語る。
サステナブルな食は、説教では広がらない。食欲で広がる。
“捨てない食”を日常に入れるために
お亀堂の取り組みと慶應義塾大学の研究を重ねると、これからの食の実装に必要な三つの視点が見えてくる。
第一に、素材を再定義すること。
規格外野菜、傷ついた果実、製造副産物を「問題」ではなく「素材」として見る。味、香り、食感、加工適性を見つけ直す。捨てられていた理由を、そのまま欠点にしない。
第二に、感覚を設計すること。
おいしそうに見える色、形、質感、パッケージ、名前、提供方法を考える。とくに新しい食材やアップサイクル食品では、最初の印象が重要だ。人は、口に入れる前に、目と手と記憶で味を予測している。
第三に、地域の物語とつなぐこと。
誰がつくり、どこで生まれ、なぜ未利用になり、どう菓子や料理へ変わったのか。その背景があると、商品は単なる食品を超える。食べることが、地域を支える参加になる。
和菓子は、未来食の入口になり得る。伝統の器があるから、新しい素材を受け止めやすい。小さく、季節感があり、手土産にもなり、物語を込めやすい。規格外品や未利用資源を、いきなり主食にするのは難しいかもしれない。だが、菓子なら試せる。楽しく食べられる。誰かに渡せる。
未来の食は、研究室だけで決まらない。畑、工場、菓子店、大学、台所、手土産の場で決まる。
捨てないこと。おいしそうに見せること。食べて納得できること。地域の記憶とつながること。
この4つがそろったとき、サステナブルな食は特別な選択ではなく、日常の楽しみになる。もったいないは、我慢の言葉ではない。次のおいしさを見つけるための入口である。
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