★ここが重要!

★要点
アーティスト舘鼻則孝の創作活動15周年を記念する「リシンク –舘鼻則孝と手しごと– 展」が、2026年9月10日から10月6日まで、女子美アートミュージアムで開催される。舘鼻氏が創作の概念として掲げる「Rethink」とは、歴史や文化を単に受け継ぐのではなく、現代の視点から捉え直すことで新たな価値を生み出そうとする姿勢を指す。花魁の高下駄から着想を得た代表作《Heel-less Shoes》をはじめ、彫刻、絵画、版画、インスタレーションまで、15年の全体像を一望する構成だ。そして本展のテーマは、完成した作品ではなく「手しごと」。素材研究、試作、制作工程、日本各地の伝統工芸の担い手との協働にまで光を当て、19世紀から現代にかけて受け継がれ、舘鼻が実際に使っている靴づくりの道具も並ぶ。環境ニュースではない。だが、これは紛れもなく「維持し、受け継ぐ」ことの話である。
★背景
ものを長く使うことがサステナビリティなら、技術を長く使い続けることもまた、それに違いない。日本各地の伝統工芸は、需要の縮小と担い手の高齢化という現実に直面している。だが技術は、博物館のケースに収めれば残るというものではない。使われなければ廃れる。誰かが今日も手を動かし、注文があり、対価が生まれ、次の世代が「食べていける」と思えるからこそ、技は継がれる。つまり伝統の保存とは静的な作業ではなく、需要をつくり続ける動的な行為である。コピーするのではなく、現代の価値観で読み替える。「Rethink」という言葉は、そのための最も現実的な戦略でもある。

かかとのない靴。
床に触れているのは、つま先側の一点だけ。それでも人は立ち、歩く。
花魁の高下駄から着想されたその形は、米国の歌手レディー・ガガに愛用されたことで世界に知られ、いまや国立工芸館、メトロポリタン美術館、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館に収蔵されている。
伝統の引用でも、コスプレでもない。
江戸の遊郭で発達した身体感覚を、現代のフォルムとして再構築した結果である。
2026年9月10日から10月6日まで、女子美アートミュージアムで「リシンク –舘鼻則孝と手しごと– 展」が開かれる。創作活動15周年を記念する展覧会だ。
主役は、作品ではない。
その裏側にある手しごとと、それを支えてきた道具と、協働してきた職人たちである。
新しさは、過去を捨てることではない。
むしろ過去をもう一度手に取り、いまの目で見直すこと。
それは、文化に対するメンテナンスの作法にほかならない。

「保存」と「継承」は、似て非なるもの

伝統を守る、という言葉は美しい。
だが具体的に何をするのかとなると、意外に曖昧だ。
ひとつは保存である。
記録を残し、資料を収蔵し、技法を documentation する。博物館や大学が担ってきた仕事だ。
もうひとつは継承である。
実際に誰かが手を動かし、つくり、売り、暮らしを立てる。
前者だけでは、技術は標本になる。
形は残るが、動かない。
「Rethink(リシンク)」は、舘鼻則孝氏が創作活動の概念として掲げる言葉である。歴史や文化を単に受け継ぐのではなく、現代の視点から捉え直すことで、新たな価値を生み出そうとする創造の姿勢を表している。
「単に受け継ぐのではなく」。
この一節が、すべてを言い当てている。
そっくり同じものをつくり続けることは、実は継承ではない。
需要が消えた形をつくり続ければ、いずれ産業ごと消える。
生き残っている伝統は、たいてい、どこかで変わっている。
着物の柄も、器の形も、時代ごとに更新されてきた。変わらなかったから残ったのではなく、変わりながら残ったのだ。

©︎NORITAKA TATEHANA K.K. Photo by GION

花魁の高下駄から、美術館の収蔵庫まで

舘鼻氏の経歴そのものが、この考え方の実践例になっている。
1985年、東京都生まれ。2010年に東京藝術大学美術学部工芸科染織専攻を卒業。日本古来の文化や美学を独自の視点から捉え直し、現代の価値観を問い直す作品を制作してきた。
出発点は、染織である。
布と糸の技術を学んだ人間が、靴をつくり、彫刻をつくり、絵を描く。
制作は彫刻・絵画・インスタレーションから舞台演出にまで及び、2016年にはパリのカルティエ現代美術財団で文楽公演を監督・演出した。
日本の人形浄瑠璃を、フランスの現代美術館で。
これも一種のRethinkだろう。文脈を移し替えることで、見慣れたものの輪郭が変わる。
2019年からは、女子美術大学デザイン・工芸学科 工芸専攻で特別招聘教授を務めている。
今回の展覧会が女子美術大学で開かれるのも、その延長線上にある。
主催は同大学のデザイン・工芸学科 工芸研究室とNORITAKA TATEHANA STUDIO。共催には女子美術大学染織文化資源研究所が名を連ねる。
作家の回顧展であると同時に、教育機関の研究発表でもある。
つくる人と、学ぶ人と、資料を守る人が、同じ場所に立つ構図だ。

Woodcuts #17, 2019|鈴木コレクション / ©︎NORITAKA TATEHANA K.K. Photo by GION

主役は、完成品ではない

この展覧会がユニークなのは、視線の向け方である。
普通、回顧展は「成果」を並べる。
だが今回は違う。
本展のテーマは「手しごと」。完成した作品だけでなく、その背景にある素材研究や試作、制作工程、さらには日本各地の伝統工芸の担い手との協働にも焦点を当てる。
つまり、舞台裏を表に出す。
素材研究。試作。工程。協働。
どれも、完成写真には写らないものばかりだ。
だが実際のところ、ものづくりの大半はここにある。
何度も試し、失敗し、職人に相談し、また試す。その積み重ねの上に、一足の靴が立つ。
現代のデザインは、しばしばレンダリング画像から始まる。
画面の中で完璧な形をつくり、それを製造に落とし込む。効率は高いが、素材の癖や手の限界という抵抗が抜け落ちる。
手しごとを見せるということは、その抵抗を見せるということだ。
そして抵抗こそが、しばしば形を面白くする。

150年使われ続けている道具、という物証

本展でとりわけ象徴的な展示物がある。
会場には、19世紀から現代にかけて受け継がれ、舘鼻が実際に使用している靴づくりの道具が展示される。
19世紀から、現代まで。
100年を超えて、同じ道具が現役で働いている。
これ以上に雄弁な「長く使う」の証明があるだろうか。
道具は、正しく手入れすれば持つ。
そして道具が持てば、技術も一緒に持つ。刃の研ぎ方、木型の扱い、力の入れ方。道具は使い方という情報を、物として運ぶ。
サーキュラーエコノミーの議論では、製品を長く使うこと(Slow)が重要な戦略のひとつとされる。修理し、手入れし、寿命を延ばす。
職人の道具は、その考え方を何世代も前から実践してきた先輩である。
しかも道具は、単に長持ちするだけではない。使い込むほど手に馴染み、精度が上がる。
新品が最高で、あとは劣化していくだけ——という工業製品の常識とは、まったく逆の時間の流れ方をしている。
減価償却ではなく、熟成。
そういう物の持ち方が、かつては当たり前だった。

Shoemaking Tools, late 19th–21st century|作家蔵 / ©︎NORITAKA TATEHANA K.K.

江戸の振袖と、2026年の新作が向かい合う

もうひとつの見どころが、大学が守ってきたコレクションとの対話である。
江戸時代(19世紀)の《松竹梅鶴亀模様振袖》など、女子美術大学が受け継いできた貴重な染織資料と、それらから着想を得て制作された舘鼻則孝氏の新作をあわせて展示する。過去の手しごとと現代の創作が響き合うことで生まれる、「Rethink」の視点による新たな表現を紹介するという。
松竹梅と、鶴亀。
これ以上ないほど定型的な吉祥文様である。
だが定型とは、何百年も使われ続けて摩耗しなかった形のことだ。
残った理由が、必ずある。
その理由を、現代の目で読み直す。
模写するのではなく、なぜそれが美しかったのかを分解し、いまの素材と技術で組み直す。
収蔵庫の資料は、見られなければ眠っているだけだ。
作家が引っ張り出し、格闘し、新しい作品として世に出したとき、はじめて資料は「使われた」ことになる。
大学が守り、作家が動かす。
保存と継承が、ここで手をつなぐ。

松竹梅鶴亀模様振袖、江戸時代(19世紀)|女子美術大学美術館蔵

ヴィーナスは、ずっと更新されてきた

同時開催の展覧会にも触れておきたい。
会期中、女子美術大学相模原キャンパス1号館1階のJoshibi SPACE 1900では、舘鼻則孝 展「Venus」が9月10日から9月30日まで開催される。
タイトルは、ヴィーナス。
美術史でこれほど使い古されたモチーフも珍しい。
だが、リリースにある解説が面白い。
ヴィーナスとは、一人の女神の名ではない。旧石器時代のヴィレンドルフのヴィーナスから、古代地中海世界の女神像、古典彫刻、近代以降の芸術に至るまで、人類は時代ごとの価値観や美意識を映し出しながら、幾度となくヴィーナスを描き続けてきた。それは人々の記憶の中で受け継がれ、更新され続けてきた「アーキタイプ(原型)」である。
更新され続けてきた原型。
石器時代の豊満な小像と、ルネサンスの絵画と、現代の肖像。
姿はまるで違うのに、同じ名で呼ばれる。
つまりヴィーナスとは、内容ではなく枠組みなのだ。
中身は各時代が入れ替えてきた。それでも器は残った。
本展では、新作の大型肖像画を中心に、古代彫刻や神話に由来する図像を出発点としながら、それらを現代の肖像として再構成した作品を発表する。過去の名作を引用することでも、美の理想像を描くことでもない試みだという。
引用でも、理想像でもない。
この否定形が、Rethinkという言葉の輪郭を、いちばん正確に描いている。

舘鼻則孝 展「Venus」/ ©︎NORITAKA TATEHANA K.K.

文化のメンテナンス、という考え方

建物は、手入れをすれば200年もつ。
道具は、研げば150年もつ。
では、技術は? 文化は? 美意識は?
これらも、放っておけば失われる。
そして厄介なことに、失われたことにすら気づきにくい。
伝統工芸の現場が抱える課題は、しばしば「後継者不足」と要約される。
だが問題の根はもう少し手前にある。仕事がなければ、後継者は育てられない。
だから、需要をつくることが継承の第一歩になる。
現代の暮らしの中に居場所を見つけること。美術館の展示ケースではなく、誰かの足元や、部屋の壁に。
日本各地の伝統工芸の担い手との協働に光を当てるという本展の姿勢は、その意味でも示唆的だ。
作家が新しい表現を求めれば、職人に新しい注文が生まれる。
新しい注文は、既存の技法では応えられないことも多い。すると技術が少しだけ更新される。
需要が技を呼び、技が需要を呼ぶ。
この循環が止まらないかぎり、技術は生き続ける。
自然にとってのメンテナンスが、手入れを続けることであるように。
文化にとってのメンテナンスも、使い続けることなのだ。

新しさは、過去を捨てることではない

「新しいものをつくる」と言うとき、私たちはしばしば、過去との断絶を想像する。
古いものを捨て、まっさらなところから始める。
だが実際に長く残っているデザインは、たいてい過去と地続きだ。
どこかから受け継いだ形を、少しずらし、少し変え、いまの用途に合わせている。
かかとのない靴も、そうだった。
花魁の高下駄という、すでに存在した身体感覚。それを現代の素材と技術で組み直したとき、世界のどこにもない形が生まれた。
ゼロからの発明ではない。
再解釈である。
「リシンク –舘鼻則孝と手しごと– 展」は9月10日から10月6日まで。開館は10時から17時(入館は16時30分まで)、休館日は日曜・祝日で、入館は無料。「Venus」展も9月30日まで、同じく無料で公開される。
夏の終わりから秋にかけて、相模原のキャンパスで。
かかとのない靴と、江戸の振袖と、150年使われてきた道具が、同じ空間に並ぶ。
そこにあるのは、過去の展示ではない。
過去が、いまも働いている現場である。
新しさは、過去を捨てることではない。
過去を、使い続けることだ。

開催概要:

リシンク –舘鼻則孝と手しごと– 展(Rethink Noritaka Tatehana — In the Hands of Time)
会期:2026年9月10日(木)〜10月6日(火)
会場:女子美アートミュージアム(女子美術大学 相模原キャンパス10号館1階/神奈川県相模原市南区麻溝台1900)
開館時間:10:00〜17:00(入館は16:30まで)/休館日:日曜・祝日/入館無料
主催:女子美術大学 デザイン・工芸学科 工芸研究室、NORITAKA TATEHANA STUDIO
共催:女子美術大学染織文化資源研究所
特設サイト:https://rethink.noritakatatehana.com

同時開催 舘鼻則孝 展「Venus」
会期:2026年9月10日(木)〜9月30日(水)
会場:Joshibi SPACE 1900(女子美術大学 相模原キャンパス1号館1階)
入館無料
特設サイト:https://venus.noritakatatehana.com

参照:

「【展覧会】舘鼻則孝 創作活動15周年記念「リシンク –舘鼻則孝と手しごと– 展」が女子美アートミュージアムにて9月10日から10月6日まで開催。15年間の活動の軌跡を辿る。」(NORITAKA TATEHANA K.K.・2026年8月10日)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000033.000038054.html

FAQ

Q. 「Rethink」とは、どういう考え方ですか?
A. 舘鼻則孝が創作活動の概念として掲げる言葉で、歴史や文化を単に受け継ぐのではなく、現代の視点から捉え直すことで新たな価値を生み出そうとする姿勢を指す。模倣でも保存でもなく、読み替えることに重点がある。

Q. 今回の展覧会は、いつどこで開かれますか?
A. 2026年9月10日から10月6日まで、女子美アートミュージアム(女子美術大学 相模原キャンパス)で開催される。開館は10時から17時、休館日は日曜・祝日で、入館は無料である。

Q. どんな作品が展示されるのですか?
A. 代表作《Heel-less Shoes》をはじめ、彫刻、絵画、版画、インスタレーションなど、15年にわたる創作活動の全体像を一望できる構成となっている。

Q. なぜテーマが「手しごと」なのですか?
A. 完成した作品だけでなく、その背景にある素材研究や試作、制作工程、日本各地の伝統工芸の担い手との協働に光を当てるためである。作品がどのような思考と技術の積み重ねから生まれたのかを辿る構成になっている。

Q. 靴づくりの道具が展示されるのはなぜですか?
A. 19世紀から現代にかけて受け継がれ、舘鼻が実際に使用している道具が並ぶ。道具そのものが、技術が長い時間をまたいで使われ続けてきたことの証拠になっている。

Q. 大学の染織コレクションとは、どのようなものですか?
A. 女子美術大学が受け継いできた染織資料で、江戸時代(19世紀)の《松竹梅鶴亀模様振袖》などが含まれる。本展では、これらから着想を得て制作された新作とあわせて展示される。

Q. 同時開催の「Venus」展は何が主題ですか?
A. 新作の大型肖像画を中心に、古代彫刻や神話に由来する図像を出発点としながら、それらを現代の肖像として再構成した作品を発表する。名作の引用でも理想像の追求でもない試みとされている。

Q. 《Heel-less Shoes》はどんな作品ですか?
A. 花魁の高下駄から着想を得た、かかとのない靴。舘鼻の代表作であり、国立工芸館、メトロポリタン美術館、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館などに収蔵されている。

Q. 伝統工芸を守るには、保存だけでは足りないのですか?
A. 記録や収蔵は重要だが、それだけでは技術は使われないまま止まってしまう。実際に注文があり、手を動かす人がいて、生計が成り立つことで技は次の世代へ渡っていく。

Q. この展覧会は、サステナビリティと関係がありますか?
A. 直接の環境ニュースではない。ただし、道具を長く使うこと、技術を絶やさず更新し続けること、過去の資料を眠らせず活かすことは、いずれも「維持し、受け継ぐ」という営みである。文化に対するメンテナンスと捉えることができる。

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