
★要点
人の利用が制限されてきた場所や、災害で姿を変えた場所で、生き物の分布や集団に変化が起きている。
神奈川県横須賀市では、1939年から弾薬庫として使われてきた約19haの谷戸が、2028年4月に公園「大矢部みどりの公園 MEZAME VALLEY」として開く予定だ。国の「自然共生サイト」の認定をめざし、生き物の調査が進む。
小笠原諸島の西之島では、噴火で大きく変わった島で、海鳥5種の繁殖が確認された。岩手県大槌町では、津波後の湧水池で生じた魚の交雑集団を追跡し、約10世代でゲノム構成がほぼイトヨ型へ戻ったことが報告された。
起きている変化は、場所ごとに違う。共通するのは、それを長く見守る目があって、はじめて変化の中身が見えるということだ。
★背景
2030年までに陸と海の30%以上を保全する国際目標「30by30」。その達成には、国立公園などの保護区だけでは足りない。
そこで国は、企業の緑地や里山、社寺の森などを「自然共生サイト」として認定してきた。2025年4月からは、地域生物多様性増進法に基づき、生物多様性を維持する活動に加え、回復・創出する活動の実施区域も対象としている。2026年6月末時点の認定は610か所である。
9月14日に開かれた「2030生物多様性枠組実現日本会議(J-GBF)」の第5回総会でも、この数字が報告された。目標年の2030年まで、残りは4年余り。今年度には30by30の中間評価も予定されている。
保護区だけでは捉えきれない自然を、どう見つけ、どう守り、必要に応じて回復させるか。その問いが、いよいよ具体的になっている。
横須賀に、1939年に旧軍施設となり、長く一般の立ち入りが制限されてきた谷戸がある。
三浦半島らしい、丘に囲まれた細長い谷戸。戦後は海上自衛隊に引き継がれ、2003年まで弾薬を保管する場所であり続けた。
人が自由に立ち入れなかった長い時間。谷戸には、多様な生き物の住処が残されていた。
人の利用が限られた場所で、自然はどう変わるのか。
同じ秋、太平洋の火山島と、東北の被災地からも、生き物の変化を伝える報告が届いた。
三つの場所は、何を教えてくれるのか。
1939年から閉ざされてきた谷戸が、目を覚ます
9月30日、横須賀市大矢部の弾薬庫跡地を公園にするプロジェクト「大矢部みどりの公園 MEZAME VALLEY」の公式サイトが公開された。
敷地は約19ha。横須賀市と民間が組んで公園をつくるPark-PFIの事業で、日比谷花壇を代表とする事業者グループ「大矢部オープンゲートプロジェクト」が2025年11月に市と基本協定を結んだ。開園は2028年4月の予定だ。コンセプトや体験の企画は、dot button companyが担っている。
「MEZAME(目覚め)」という名前には、閉ざされてきた谷戸が目を覚ますという意味が込められている。1939年の土地取得から、開園予定の2028年で89年。公式サイトや事業者の発表は、この節目を「89年」という言葉で表している。
敷地には、鎌倉時代の三浦一族ゆかりの「深谷やぐら群」や「円通寺跡」も残る。軍の施設として閉ざされていたからこそ、開発の波をくぐり抜けた場所でもある。
事業者グループが専門家とともに生き物の調査を進めたところ、希少な生き物を含む多様な自然が残っていることがわかった。
一方で、課題も見えてきた。外来種が入り込み、湿地が乾き始めているという。
ここに、跡地の自然の難しさがある。
開発が抑えられたことと、湿地を良好な状態に保つことは、同じではない。事業者が挙げる外来種の侵入や湿地の乾燥化に対して、どこに、どのような手入れが必要なのか。単純に「放っておけばよい」とも、「人が入ればよい」とも言えない。
MEZAME VALLEYは、2030年までに陸と海の30%以上を保全する国際目標「30by30」に基づく自然共生サイトの認定をめざしている。
公園として開くことは、人が戻ってくることだ。それは同時に、手入れが再び始まることでもある。



噴火で大きく変わった島に、何が根づくのか
東京から南へおよそ1,000km。小笠原諸島の西之島は、2013年からの火山活動で大きく姿を変えてきた島だ。
とくに2019年12月から2020年にかけての大噴火では、もとからあった島の全体が溶岩や火山灰に覆われた。環境省は、これによって生物相がいったん「リセット」された状態になったと説明している。
10月2日、環境省は、7月22日から29日にかけて行った「令和8年度西之島総合学術調査」の結果を発表した。上陸調査は2年連続となる。
島では、カツオドリ、アオツラカツオドリ、クロアジサシ、オオアジサシ、セグロアジサシの5種の海鳥が繁殖していることが確認された。
なかでもセグロアジサシは、昨年数が激減していたが、今年は大幅に増えた。ただし、環境省は数の変動が大きく、まだ不安定な状態にある可能性があるとしている。
波打ち際では、死骸を含め、貝類やカニ類など6種が見つかった。そのうちオガサワラタマキビは、大噴火の後で初めての確認となった。
島の周りにはハサミムシが広く暮らし、今回初めて島の南側でも見つかった。夜には、鳥の死骸にトビカツオブシムシが群がる様子も観察された。藻類やコケも根づき、コケの胞子体も見つかった。
鳥の死骸に虫が集まり、地表には藻類やコケが生える。一方で、昨年は植物が見られたガリー(雨水などに削られた溝)が侵食で消えるなど、定着と消失の両方が起きていた。
今回の観察だけで、生き物が到着する順番や相互関係のすべてが確定したわけではない。西之島は、人為的な影響をできる限り抑えながら、生態系の成立過程を追える「天然の実験場」なのである。
調査では、大噴火の後で初めて地震計を設置したほか、無人の探査機を衛星通信で遠隔操作する観測にも成功した。人が近づきにくい場所を、立ち入りの頻度や影響を抑えて見守る技術も育っている。



津波後の交雑集団で、ゲノム構成が約10世代で変わる
変化を追う対象は、生き物の数や住処だけではない。集団のゲノムにも、その痕跡は残る。
2011年の東日本大震災。津波と地盤沈下によって、岩手県大槌町の町の中心部には、湧き水がたまる池や湿地が生まれた。
そこで、思いがけないことが起きた。
この地域にすむ淡水性のイトヨと、海と川を行き来するニホンイトヨ。近縁な2種が、新しくできた湧水池で交雑したのだ。
2012年には、採集した個体の38%が雑種だった。
国立遺伝学研究所の細木拓也博士(現・北海道大学)と北野潤教授らの研究グループは、この集団のゲノム(遺伝情報全体)を9年にわたって追い続けた。
すると、ニホンイトヨ由来のゲノム成分はおよそ10世代のうちに急速に減り、2020年までに集団のゲノム構成はほぼイトヨ型へ戻っていたという。世代交代を通じて、集団のゲノム構成が変わったのである。成果は9月25日、科学誌『Nature Ecology & Evolution』に掲載された。
なぜ、集団のゲノム構成はこのように変わったのか。
淡水で生き残る力、回遊する性質、相手を選ぶ行動、雑種のオスが子を残しにくいこと。こうした性質に関わる主要な遺伝子に加え、ゲノム全体に散らばった小さな相性の悪さが積み重なり、異なる種の遺伝子をふるい落としていったと考えられている。
災害によって交雑が起きても、この集団では、ニホンイトヨ由来のゲノム成分が減る方向の選択が働いたと考えられる。種の境界を維持する仕組みを示す事例だが、あらゆる交雑や生態系が自然に元へ戻ることを示したわけではない。
そして、その姿は、9年間毎年のように池に通い、魚を調べ続けた研究者たちの記録があったからこそ見えたものだ。

「手を離す」とは、勝手に手を加えないことでもある
人の利用が限られた場所にも、その土地に固有の自然がある。
それは「何をしてもいい空き地」という意味ではない。
10月1日、愛知県豊橋市は、国の天然記念物「葦毛湿原」で、球根が投げ込まれたと判断したサギソウを、8月25日に5地点で計213株除去したと発表した。同じような投げ込みは、2020年と2025年にも確認されている。
サギソウは白い花が美しい湿地の植物だ。植えた人は、善意だったのかもしれない。しかし、よそから持ち込まれた株は、その土地で長い時間をかけて受け継がれてきた個体群の遺伝子を乱すおそれがある。
湿原では2013年1月から大規模な植生の回復作業が続けられ、絶滅していた21種類のうち15種の植物を復活させてきた。その積み重ねを、一夜の「植えてあげる」が揺るがしかねない。
生き物が回復する力を見守ることと、勝手に持ち込まないこと。
そして、必要な手入れは、観察と記録に基づいて行うこと。
人と自然の距離のとり方が、いま問われている。
6月末時点で自然共生サイト610か所。その一つは、ごみの埋立地だった
旧弾薬庫の谷戸。噴火で大きく変わった島。津波が生んだ湧水池。
三つの場所はまったく違う。しかし、どれも人が「自然を守るため」に用意した場所ではなかった。
軍の施設として閉ざされていた。人が近づけなかった。災害で、突然生まれた。
そうした場所で、何が残り、何が新しく定着し、何が失われるのか。生息場所の変化と、魚のゲノム構成の変化は同じ現象ではない。それでも、長く見守ることで初めて変化の意味が見えてくる点は共通している。
自然共生サイトは、民間や自治体などの活動を通じ、生物多様性の維持・回復・創出を進める区域を認定する仕組みだ。認定には、今ある自然を守る「維持」、失われた自然を取り戻す「回復」、新たに自然をつくる「創出」のタイプがある。認定区域すべてが、そのまま保護区外の保全地域「OECM」になるわけではない。維持タイプとして認定された区域のうち、保護地域との重複を除いた区域が、OECMとして国際データベースに登録される。
環境省によると、認定は2026年6月末時点で610か所。J-GBFの第5回総会では、日本のTNFDアダプター数が世界最多になるなど、官民の取り組みが前進していることが報告された。一方で、生態系の健全性は回復に向かっているとは言えない、との認識も示された。認定件数が増えることと、自然が実際に回復することは、分けて確かめなければならない。10月にはアルメニアで生物多様性条約の第17回締約国会議(COP17)が開かれる予定だ。
その610か所の一つに、大阪湾の埋立地がある。
大阪府堺市の堺第7-3区。1974年から2004年までの30年間、府内の産業廃棄物を受け入れてきた埋立処分場だ。府はその一部で、市民や企業などと「共生の森」の森づくりを進めてきた。2024年10月には、生物多様性の価値が認められ、自然共生サイトの認定証が授与された。
ごみの埋立地が、なぜ絶滅危惧種の住処になったのか。
本号掲載の連載「域内循環と安全保障」第3回では、堺第7-3区「共生の森」の歩みを追う。
人が手を離した場所。人が手を入れ直した場所。その両方に、これからの自然との付き合い方のヒントがある。
参考:
大矢部みどりの公園 MEZAME VALLEY
https://mezamevalley.jp/
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000050.000030255.html
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000226.000075797.html
令和8年度西之島総合学術調査結果概要について(環境省)
https://www.env.go.jp/press/press_05562.html
2011年の大津波によって生じた種間交雑から種の境界を維持する仕組みを解明(国立遺伝学研究所)
https://www.nig.ac.jp/highlights/15554/
J-GBF第5回総会の開催結果について(環境省)
https://www.env.go.jp/press/press_05568.html
堺第7-3区「共生の森づくり」(大阪府)
https://www.pref.osaka.lg.jp/o120030/midori/midori/kyousei.html
自然共生サイトの認定について(令和8年度第1回)(環境省)
https://www.env.go.jp/press/press_05186.html
葦毛湿原でのサギソウ球根投げ込みに関する発表(豊橋市)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000001040.000025583.html
堺第7-3区 共生の森が「自然共生サイト」に認定されました(大阪府)
https://www.pref.osaka.lg.jp/hodo/fumin/o120030/prs_51125.html
イトヨ研究の原著論文(Nature Ecology & Evolution)
https://www.nature.com/articles/s41559-026-03184-1
FAQ
Q. 自然共生サイトとは何ですか?
A. 民間や自治体などの活動によって、生物多様性の維持・回復・創出を図る区域を国が認定する仕組みである。2025年4月に施行された地域生物多様性増進法で法制化された。維持タイプとして認定された区域のうち、保護地域との重複を除いた区域が、OECMとして国際データベースに登録される。2026年6月末時点の認定数は610か所。
Q. 30by30とは何ですか?
A. 2030年までに、陸と海のそれぞれ30%以上を健全な生態系として保全する国際目標である。2022年に採択された「昆明・モントリオール生物多様性枠組」に盛り込まれ、日本も達成をめざしている。
Q. MEZAME VALLEYはどのような公園になりますか?
A. 横須賀市大矢部の弾薬庫跡地、約19haを活用する公園で、2028年4月の開園を予定している。日比谷花壇を代表とする事業者グループが整備・運営を担い、自然共生サイトの認定をめざして生き物の調査を進めている。三浦一族ゆかりのやぐら群などの史跡も残る。
Q. 西之島はなぜ注目されているのですか?
A. 2019年から2020年にかけての噴火で、もとの島全体が溶岩や火山灰に覆われた。環境省が生物相の「リセット」と表現する大きな変化の後、どのような生き物が定着し、生態系を形づくるのかを、人為的な影響を抑えて観察できる貴重な場所である。定着だけでなく、侵食などによる生育場所の消失も起きている。
Q. イトヨの研究から何がわかったのですか?
A. 津波後にできた湧水池の交雑集団で、約10世代のうちにニホンイトヨ由来のゲノム成分が急速に減少し、集団のゲノム構成がほぼイトヨ型に戻った。9年間の追跡により、この集団で種の境界を維持する選択が働いたことを示した。個体が別の種へ変身したという意味ではなく、すべての交雑集団が同様に戻ると示したものでもない。
Q. 湿地に植物を植えることは、なぜ問題なのですか?
A. よそから持ち込まれた植物は、その土地で長く受け継がれてきた個体群と交雑し、遺伝的な固有性を損なうおそれがある。外来の病気や生き物を持ち込む危険もある。国の天然記念物では、許可なく現状を変える行為が法律で規制されている。
あわせて読みたい記事

連載|域内循環と安全保障(第3回・全4回) 【ごみを埋めた土地が、絶滅危惧種の住処になる】大阪湾に生まれた森——堺第7-3区「共生の森」が自然共生サイトになるまで 北海道大学 循環イノベーション分野 第2回シンポジウム 現地リポート

連載|域内循環と安全保障(第1回・全4回) 【残された炭素で、何をつくるか】マテリアルバジェットが突きつける2050年の物質フロー 北海道大学 循環イノベーション分野 第2回シンポジウム 現地リポート

連載|域内循環と安全保障(第2回・全4回) 【燃やさない、から始まる】生ごみが液肥になり、米になる——岡山県真庭市のサーキュラーエコノミー北海道大学 循環イノベーション分野 第2回シンポジウム 現地リポート

【自然共生サイト610箇所。それでも陸のOECMは0.2%】30by30の現在地~数字で読むネイチャーポジティブ

【耕作放棄地は、宝にもなれば荒れ地にもなる】鳥が示した「地域差」の法則と、与那国島で始まった水田の再生

【都市の虫、海のアマモ、里山のサシバ、企業の森】生きものを記録し、見守り、育てるネイチャーポジティブ。身近な観察から始まる地球の手入れ
